歯ぎしりについて

歯 ぎしりは、何のために行っているのでしょうか?歯科での一般的な考え方は、歯および咀嚼器官を破壊する強度の力が働く行動であり、またせっかく綺麗に出来 上がった詰め物を脱離させる大きな要因として、どちらかと言うと悪いものとして捉えられているのが現状です。しかしながら、人の行動には不必要なものはな いと思われますので、なぜ歯ぎしりをするのか十分に検討しておく必要があると考えます。そこで、人間にとっての歯ぎしりの意義、機能についてから、述べて いきたいと思います。

歯ぎしりはストレス発散のため

人間は進化の中で、極めて特殊な咀嚼器官と咀嚼機能を分化させてきました。もともと咀嚼器官は、肉食動物に見られるよう な獲物をそのよく発達した犬歯などで捕らえ、その肉をひきちぎり、嚥下するために使われていたわけですが、人間が道具や火を使い、食べ物を前もって消化し た形で摂取するようになり、本来の犬歯の意味がなくなり、また一方では、脳の発達によって歯列が側方に拡大した形態に変化するとともに、犬歯が内方に入っ た現在の歯列に発達してきたわけです。

さて、このような進化の中で人間は、知能、精神の発達に関連してもう一つの重要な機能を獲得しました。それは、ストレス 管理という機能です。犬や猫の行動を見てもわかるように、他の動物は、自身の危険がせまったり、気に入らないことがあった場合、そのストレスに対して歯を むき出して怒りや威嚇という形で表現します。人間でも中にはこのうような形でストレスを発散する人がいるでしょうが、通常は別の形を取ることが多いでしょ う。つまり肉体の内面に向かって発散することが多く、それが精神的なストレスとして蓄積されます。しかし、そのストレスは何らかの形で外部に発散する必要 があり、そのひとつの表れが歯を噛みしめるという形のストレス発散です。特に、現代人においては、社会生活上、色々な形の肉体的、精神的ストレスが加わり ますので、ますますストレス管理が重要となり、睡眠中に噛みしめたり、歯ぎしりをしたりという形でストレスを発散させるようになったわけです。それゆえ、 人間にとって、特に現代人にとっては咀嚼システムの最も重要な機能は咀嚼よりも、むしろストレス管理にあると言えるのかも知れません。

近年の報告によると、咀嚼や発音などの日常の生活で、上下の歯が接触する時間を積算しても一日に僅か15分~20分であ るのに対して、人間は誰でも一晩に約2時間程度の歯ぎしり、食いしばりを行っているとされています。これらのことより、歯、歯周組織、顎骨、顎関節、咀嚼 筋などで構成される咀嚼システムの崩壊の最大の原因は、食物を咀嚼するという機能よりも、歯ぎしりなどによるストレス管理にあると考えることができます。
歯ぎしりという行動は、人間が理性的な日常生活を送るためには必要かつ重要な行動と言えますのでご心配される必要はないと思われます。しかしながら、その代償として、歯などの咀嚼システムの崩壊が挙げられます。

歯ぎしりが快適に行える噛みあわせ・歯並びを!

歯科にて患者さんの咬合治療を行う場合、よく噛めるようにするのが第一の目的と考えることが多いかと思います。我々の診 療室においても噛めることを重視していることは間違いありません。しかしながら、上記のことを考えた場合、如何なものでしょうか?歯および咀嚼器官も体の 一部です。体はそれぞれの器官が独立した機能を行っているのではなく、他の器官と連携しあって“生きる”という機能を営んでいる ものです。我々の考え方では、歯は咀嚼のための器官であることは間違いないのですが、全身の機能として最も重要なことは歯ぎしりによるストレス管理を行う 器官であるのです。しかしながら、生まれもって完全な噛みあわせをもっている人間は皆無と考えられます。完全な噛みあわせとは、咀嚼するという意味ではな く、きれいな歯ぎしりを行える噛みあわせのことです。逆に、歯ぎしりが適切に行えないかみ合わせの部位は、歯質が削れる(ファセット)、歯の動揺による歯 槽膿漏の加速化、知覚過敏および歯と歯ぐきとの境の歯の欠損(アブフラクション)、詰め物の脱離、近年の報告によるとむし歯の発生も歯ぎしりが関与すると されています。歯ぎしりの重要性から考えた場合、歯の欠損も人間が生きていく上での重要な適応なのかも知れません。

お子さまの歯ぎしり、ご心配なく!

お子さまは身体的にだけではなく精神的にも成長過程にあります。ある程度、精神的に成長した大人の方では、日常生活で蓄積したストレスは意識的な行 動にて発散を行っており、残ったストレスを歯ぎしりなどで発散を行っていると思われます。しかしながら、お子さまでは精神的な成長は不十分でありストレス を意識下での行動にて発散することはまず無理と考えます。ですので、歯ぎしりに頼らざるしかないのです。精神的な成長によりストレス発散も行うことが出来 るようになり、徐々に減少していくかと考えます。保護者の方は、お子さまが歯ぎしりすることを認めた場合は、出来るだけストレスを発散できるように、遊ん であげたり、話をしたりと、手助けしてあげて下さい。また、乳歯は永久歯に比較して、極めて柔らかいです。永久歯への交換、咬合の育成のためにも、乳歯は 削れて、噛みあわせがルーズになり、そして頑丈な永久歯の咬合による下アゴの正常な位置への誘導とつながっていきます。お子さまの歯ぎし りは成長過程のもの、ご心配されなくても良いかと思います。

佐藤貞雄著:「臨床咬合学への誘い」を参照